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| ●三宅島伝道所4ヶ月ぶり礼拝 消息尋ね都内に集合 |
三宅島「全島避難」から3か月。状況は好転せず、島民の避難生活は長期化の様相を示す。
そうしたなか、日本基督教団三宅島伝道所の救援を目的として9月に立ち上げられた同教団東支区三宅島雄山噴火被害救援委員会(米倉美佐男委員長)は、避難生活を送る同伝道所の信徒と求道者を励まそうと11月25日、東京都足立区の同教団西新井教会で「三宅島伝道所の集い」を開いた。
三宅島伝道所に集っていた信徒・求道者らが避難後、一緒に礼拝するのは初めてで、再会を喜びつつも、噴火の凄まじさ、避難中の恐怖感、避難生活の中で受けた恵みを語り合った。感きわまって涙を流す人もいた。
三宅島島民は6月26日の雄山噴火以来、地震、降灰、泥流に見舞われた。島民はそのつど逃げまどい、体育館での避難生活を強いられてきた。
8月に入り噴火はますます悪化、島民の29パーセントが高齢者ということもあって、避難生活は精神的、肉体的にも困難を極めた。
9月4日に全島避難となり、島民は手持ちの荷物だけで島を離れた。今もいつ島に戻れるか分からない不安な生活を送ってきた。三宅島伝道所に集う信徒・求道者も、その困難を通ってきた人たちばかりだ。
三宅島伝道所は同教団東支区の牧師4人が代務者として交代で奉仕し、月1回礼拝を行っている。出席者は信徒2人と求道者6人の計八人で、今回の集いには6人が集まった。なかなか連絡がつかず、やっと消息が分かった人もいた。
12時から礼拝で、同救援委員会の米倉美佐男委員長(聖和教会牧師)が説教した。一緒の礼拝は7月以来4か月ぶりとなった。
昼食後の分かち合いでは、95歳の祖母を連れて逃げてきた、三宅島伝道所創設以来の信者、鎌川文子さんがこみ上げてくる涙を抑えきれず、しばし絶句。
「強い人間と思っていたが精神的にバランスを崩してしまった。いろいろな事が頭をよぎり『主よお許し下さい。助けて下さい』と叫んでました。母と一緒に足立区の都営住宅に入ってからは、だれにも会わずに閉じこもっていた。最近やっと外に出られるようになった。83年の噴火の時も家が埋没、三宅島は厳しい島だなあと思った」と、つらかった日々を回想した。
東京の西部、武蔵村山市の都営住宅で避難生活を送る求道者の井上けい子さんも涙声だった。「思いがけない形で教会の人から携帯電話に連絡が入った。こちらに来て人に支えられていると実感した」
「今も噴火時の逃げまどった時の怖さ、心細さがよみがえってくる」と言う赤羽美江さんは、「時々励ましの電話があり、良い方々に囲まれて幸せです」と教会の心遣いに感謝した。
昨年、三宅島で受洗した、老人介護の仕事をする宮下雪子さんは「すべてが恵みです。幾つかの教会に行ったが、必ずそこで『噴火が終わったら、三宅島に来てください。復興のため力を貸して下さい』と話します。島に戻ってから力が発揮できるよう、いま勉強もしています」と近況を話した。
同救援委員会は、避難生活の長期化が予想されることを考え、これからもこうした
「集い」を行うことを検討している。被災者のための募金も続けている。
クリスチャン新聞00.12.4 より転載 http://csd-news.gospeljapan.com/ |
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